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    <title>デイリーニュース2006</title>
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    <updated>2007-03-23T13:08:37Z</updated>
    <subtitle>2006年度第7回東京フィルメックスのデイリーニュースです。</subtitle>
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    <title>第７回東京フィルメックス・デイリーニュース</title>
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    <published>2006-12-02T14:00:00Z</published>
    <updated>2007-03-23T13:08:37Z</updated>
    
    <summary>第７回東京フィルメックスは、多くの観客の皆さんのご参加をいただき、 盛況のうちに...</summary>
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        <![CDATA[第７回東京フィルメックスは、多くの観客の皆さんのご参加をいただき、
盛況のうちに閉幕を迎えました。

「デイリーニュース」では、毎日行なわれるゲストによるQ&A、
トークショーなどのイベントをいちはやくレポートします！
お楽しみに！
また「ブロードキャスト」コーナーでも、日々の動画レポートを
配信中です。
→<a HREF="http://www.filmex.net/mt/broadcast/" target="brank">こちら</a>

＜12月2日更新＞　new!
11/26 『ハンモック』Q&A
11/24 『オペラジャワ』Q&A

＜11月30日更新＞
11/24 『メン・アット・ワーク』Q&A ※画像UP!

＜11月28日更新＞
11/26 『世紀の光』Q&A
11/25 スクエア・トークイベント『中国映画最前線』（ゲスト：イン・リャン、ハン・ジェ）

＜11月27日更新＞
11/26 『黒眼圏（くろめけん）』Q&A（ゲスト：チェン・シャンチー）]]>
        
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    <title>『黒眼圏（くろめけん）』Ｑ＆Ａ</title>
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    <published>2006-11-26T13:00:00Z</published>
    <updated>2007-03-23T13:35:09Z</updated>
    
    <summary> 第７回東京フィルメックスのクロージング作品は、ツァイ・ミンリャン監督の最新作『...</summary>
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        <![CDATA[<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/2006_1126181.JPG"><img alt="2006_1126画像0181.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/2006_1126181-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

第７回東京フィルメックスのクロージング作品は、ツァイ・ミンリャン監督の最新作『黒眼圏』。上映終了後のＱ＆Ａには当日に台湾から到着した、チェン・シャンチーさんが登場。監督の作品には欠かせないヒロインです。白いドレスをまとって現れた姿は、まるで妖精のように可憐な美しさでした。]]>
        <![CDATA[チェン・シャンチー（以下、チェン）
「今回初めてフィルメックスに参加させていただきます。この大きな劇場で映画が上映されて、皆さんが熱心に見て下さるのを見て本当に心から感動しています。ツァイ・ミンリャン監督は現在ヨーロッパに滞在中で、来日はかないませんでしたが、監督に代わって皆様に感謝を申し上げます」

Q
「ツァイ監督の映画はいつも台詞がほとんどありませんが、台本はどのように書かれていて、現場ではどのように指示をされるのでしょうか。それからチェンさんの役柄は、どの作品でも同じ人物であるかのように見えます」

チェン
「皆さんは脚本について不思議に思われているようですが、実は、現場では詳しい台詞が書かれた台本は存在しません。大体の状況が書かれているものだけです。監督は作家主義で、独特のスタイルを持ち、言葉はむしろコミュニケーションを阻害するものであると考えているようです。
　私が演じた役柄が同じ様に見えるのは言葉が少ないせいかもしれません。しかしよく見るとそれぞれに違うのです。今回の私の役はまるでねずみのようで、リー・カンション演じる青年への思いを募らせているというものでした」

Q
「タイトルの意味について教えてください。それから、印象的な場面で登場した蛾はCGなのでしょうか」

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/2006_1126177.JPG"><img alt="2006_1126画像0177.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/2006_1126177-thumb.JPG" align="right"  width="200" height="150" /></a>

チェン
「黒眼圏とは、殴られて出来るあざの事です。あの蛾は本物です。最優秀動物演技賞をあげたいと思います。あのシーンはワンテイクでＯＫになったのです。カメラが回るのと同時にカンションの肩にとまってくれて。良い演技をしてくれました、」

Q
「この映画はマレーシアでの撮影でしたが、普段台湾での撮影と違う所や、難しい点等がありましたでしょうか」

チェン
「マレーシアは毎日が真夏の状態でした。私は屋根裏に住んでいる設定でしたから、狭い空間での演技は非人間的で呼吸が苦しくなる程で辛かったし、レストランにはウサギほどの大きさのねずみが沢山いました。しかしこの環境は私とカンションの役作りの上では役に立ちました。
　重要な舞台となる廃墟は90年代、アジア経済の崩壊と共に、未完成のまま放置されてしまったビルの一つです。下部には雨水が溜まっていて、上から覗いた所まるで黒々とした人の眼の様で、水が魂を持っているように感じました」

Q
「カンションさんはいつも物静かなイメージですが、実際の彼もそうなのでしょうか」

チェン
「やはり口下手な人なんです。彼と一緒に居るときには気まずくなるのを避ける為、私たちから良く話しかけています。彼はツァイ監督にとってミューズの様な存在だと思います。彼が持つ独特の孤独な雰囲気が、監督の作り出す多くの人物像に影響しているのだと思います。カンションは細かいことを気にしない方で、いつも気楽な感じでいるので、ツァイ監督は彼がそばに居ることで安心するようです」

Ｑ＆Ａの最後に、ツァイ監督作品『楽日』で共演した三田村恭伸さんが舞台に駆けつけ、チェンさんに花束を贈呈しました。

（取材・文：大津留汐子）

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/2006_1126175.JPG"><img alt="2006_1126画像0175.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/2006_1126175-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>]]>
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    <title>授賞式、クロージング・セレモニー</title>
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    <published>2006-11-26T11:00:00Z</published>
    <updated>2007-03-23T13:08:37Z</updated>
    
    <summary> １１月１７日から１０日間行われた第７回東京フィルメックスも、無事に最終日を迎え...</summary>
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        <![CDATA[<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04485.JPG"><img alt="DSC04485.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04485-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

１１月１７日から１０日間行われた第７回東京フィルメックスも、無事に最終日を迎え、有楽町朝日ホールでは授賞式が行われました。クロージング作品『黒眼圏』の上映を前に、会場は満員の観客の熱気に包まれました。]]>
        <![CDATA[まず林 加奈子ディレクターが登壇し、満場の観客に感謝を述べた。
「第７回東京フィルメックスもとうとう最後の作品となりました。３４本目、クロージング作品『黒眼圏』の上映の前に受賞作品を発表したいと思います。審査員の方々、すばらしい観客の皆様、すべての方々に御礼申し上げます。また、８０人のボランティアスタッフの皆さんもありがとうございました。皆様にとって、東京フィルメックスが世界で一番楽しい映画祭であることを願っております。今後も映画の力、映画の未来を信じて、心を豊かにしてくれる映画を紹介し続けていきたいと思います。ありがとうございました」

第７回東京フィルメックス・コンペティションでは、出品された９作品の中から、キム・ドンホ（審査委員長／プサン映画祭ディレクター）、クリス・フジワラ（映画評論家）、オ・ジョンワン（プロデューサー）、大島ともよ（映画編集者）、諏訪敦彦（映画監督）ら５人の審査員の厳正なる審査の上、最優秀作品賞、審査員特別賞『コダックVISON アワード』が選ばれました。

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04481.JPG"><img alt="DSC04481.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04481-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

最優秀作品賞を受賞したジャムシェド・ウスモノフ監督『天国へ行くにはまず死すべし』の撮影監督パスカル・ラグリッフルさんが登壇し、ウスモノフ監督の喜びのメッセージを読み上げました（ウスモノフ監督のメッセージは『審査結果』記者発表参照）。

[受賞理由：その計画的な知性、登場人物との環境の流動的でダイナミックな関係性を捉える話法。監督自身の人間性に対する真摯で力強い視点を高く評価します]


審査員特別賞を受賞した『アザー・ハーフ』のイン・リャン監督は、「昨年フィルメックスから大きな励ましを受けたおかげで、安心してプロの監督として制作に打ち込むことができました。改めて、皆様に心から感謝し、これからも努力して新しい作品を撮っていきたいと思います。楽しみにしていて下さい」とコメントした。
<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04476.JPG"><img alt="DSC04476.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04476-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>
[受賞理由：非常に厳格で力強い映画的フォルム。その繊細な物語的話法と、社会的コミュニケーションに対する新鮮なアプローチを高く評価します。次回作を心から楽しみにしています]


観客の投票によって選ばれるアニエスべー・アワードに輝いたのは、ジャファル・パナヒ監督の『オフサイド』。今回来日のかなわなかったパナヒ監督に代わって、マニ・ハギギ監督が登壇し、メッセージを紹介しました。
「私は自分の作品の成功は日本から始まっていると思っています。最初は１０年前の『白い風船』が東京国際映画祭でグランプリを取ったことでした。今日、アニエスべー・アワードを受賞し、10年前にいただいた賞が間違っていなかったとわかり、嬉しく思います。今回、映画祭に是非とも参加したかったんですが、まだまだ多くの旅を続けなければならず、参加できませんでした。近い内に日本にも行ってみたいと思います。ありがとうございました」（パナヒ監督）

最後に、キム・ドンホ審査委員長が総評を述べました。
「今回受賞した方々にはお祝いの言葉を、東京フィルメックスが成功のうちに終了をむかえることを心より祝福します。また、私達に審査のチャンスを与えてくれた、主催者の方々にも感謝します。我々５名は平等に民主的に審査を行いました。コンペティション９作品はどれもすばらしく、苦労しました。私達５人に苦労をさせてくれた“親切なクムジャさん”ならぬ“親切な林さん”にも御礼を申し上げます（会場、笑）。また、すばらしい観客の方々も、ありがとうございます。皆さんの質問のレベルは本当に高く、これから一層フィルメックスの発展が臨めそうだと感じました。もう一度、この場を借りて、林さん、スタッフ、ボランティアの皆さんに感謝します。これからも多くの作品に愛情を注いで下さい」

盛況の内に終了した、第７回東京フィルメックス。皆さんの心に、“世界一楽しい映画祭”として、第７回東京フィルメックスの思い出が残ればと願っています。

（取材・文／今坂千尋）

 <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04451.JPG"><img alt="DSC04451.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04451-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04471.JPG"><img alt="DSC04471.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04471-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04466.JPG"><img alt="DSC04466.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04466-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04462.JPG"><img alt="DSC04462.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04462-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04467.JPG"><img alt="DSC04467.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04467-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04482.JPG"><img alt="DSC04482.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04482-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>]]>
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    <title>『世紀の光』Ｑ＆Ａ</title>
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    <published>2006-11-26T07:00:00Z</published>
    <updated>2007-03-23T13:08:37Z</updated>
    
    <summary> 『ブリーフリー・ユアーズ（02）』、『トロピカル・マラディ（04）』で2度の東...</summary>
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        <![CDATA[<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04375.JPG"><img alt="DSC04375.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04375-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

『ブリーフリー・ユアーズ（02）』、『トロピカル・マラディ（04）』で2度の東京フィルメックス最優秀作品賞を受賞しているアピチャッポン・ウィーラセタクン監督が、最新作『世紀の光』の上映後、舞台に登壇し、熱心なファンとのＱ＆Ａを行いました。]]>
        <![CDATA[アピチャッポン・ウィーラセタクン監督（以下、アピチャッポン）
「皆さん、ご来場ありがとうございます。今ご覧いただいた映画は、私にとっても特別な作品で、この場で上映していただけたことをとても嬉しく思います」

市山尚三プログラム・ディレクター（以下、市山）
「今日のラインナップ3本は、モーツアルト生誕250周年記念の作品です。『世紀の光』はこのプロジェクトを受けてから作り始めたのでしょうか？」

アピチャッポン
「そうではないです。前の年の新年に家族旅行をしていた時、大きな津波がありました。 “亡くなった人”“なくなったもの”についてすごく考えさせられて、“時代の変遷”について描きたいなと思いました」

Q
「タイトル(英題：Syndromes and a Century)の意味を教えてください。また、なぜ病院を舞台に選んだのでしょうか」

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04365.JPG"><img alt="DSC04365.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04365-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

アピチャッポン
「作り始めた当初は違うタイトルだったのですが、撮影を進めていく内、色々な要素がつまっている映画だと感じるようになりました。前半部分の”Syndromes”はまさに愛の症状を表しているといえます。そして”Century”は、未来はどのようなものであるか考えたいという気持ちを表しています。また”Century”＝世紀は、ほぼ人間の一生に値するのではないかと考えました。
病院を舞台に選んだのは、医者である両親に対する思いからです。わたしも、（前半部分のような）ああいうところに住んでいたので、とても親しみを感じています。登場人物が回想していくシーンがありますが、あれは建物や人生の変化や、そのサイクルを表しているのです」

Q
「監督の映画には、医者と患者のシーンがよく出てくるように思われるのですが、何かを象徴しているのですか？」

アピチャッポン
「病院は自分の育った環境なので、良い思い出がたくさん残っています。少年時代を過ごした故郷に最近帰ったら、昔とは大分変わっており、時間の変遷を感じました。この映画は、両親にささげる映画ですので、両親との思い出を象徴しているといえます」

Q
「監督の映画では、様々な音楽が流れていますが、普段はどのような音楽を聴きますか？」

アピチャッポン監督
「個人的には、電子音楽のようなものをよく聴きますが、色々聴きますよ。エンドロールの音楽は、実は日本のNEIL&ILAIZAというバンドの曲なんです」

ファンの方々からの質問は、時に鋭く、時にあたたかく、アピチャッポン監督の作品を解釈しようとしている様子が伝わってきました。これからも、観客の想像力を刺激する作品を作り続けていってほしいと強く願っています。

(取材・文／今坂千尋)

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04362.JPG"><img alt="DSC04362.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04362-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04369.JPG"><img alt="DSC04369.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04369-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04376.JPG"><img alt="DSC04376.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04376-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>]]>
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    <title>『ハンモック』Q&amp;A</title>
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    <published>2006-11-26T04:00:00Z</published>
    <updated>2007-03-23T13:08:37Z</updated>
    
    <summary> 日本では昨年、ウルグアイ映画の『ウィスキー』が公開され話題を呼んだが、同じく南...</summary>
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        <![CDATA[<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04331.JPG"><img alt="DSC04331.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04331-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

日本では昨年、ウルグアイ映画の『ウィスキー』が公開され話題を呼んだが、同じく南米にあるパラグアイから素晴らしい作品が届いた。『ハンモック』はパス・エンシナ監督の長編デビュー作であり、カンヌ映画祭史上初めて正式上映作品に選ばれたパラグアイ映画だ。観客に新鮮な驚きと深い余韻を残した上映後、Ｑ＆Ａに登壇したエンシナ監督は「観客の皆さま一人一人に駆けつけていただいたこと、大変嬉しく思っています」と挨拶した。]]>
        <![CDATA[Ｑ
「（スペイン語ではなく）現地の言葉であるグワラニー語で映画を作られた意図をお聞かせください」

パス・エンシナ監督（以下、エンシナ）
「私にとってグワラニー語で映画を作ったことは、何も不思議なことではありません。パラグアイでは人口の85％がグワラニー語を話しますし、公用語の一つになっています。また、映画の登場人物たちには地の果てにいてほしいと思いました。人里離れ、全てから遠く離れた所にいることを表現するためにもグワラニー語が適切だと考えました」

Ｑ
「意図的にフィックス撮影のシーンを多くしたのでしょうか」

エンシナ
「ものを見る私の視点がフィックス撮影の手法に近いことと、映像が映像自体の視点を持つには時間を要するという私の認識からきています。映像自体に重要性を持たせているので、動きや会話を通じて表現するというよりは、会話の無い画面を多用しています。私は脚本の執筆中に音の要素をどんどん盛り込んでいきました。まず音を書いてから、イメージについて書き加えていったのです」

林加奈子ディレクター（以下、林）
「『ハンモック』はエンシナ監督の長編デビュー作ですが、2000年に同じタイトルの短編を作っていらっしゃいますね」

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04325.JPG"><img alt="DSC04325.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04325-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

エンシナ
「この短編は８分間の作品で、息子を待つ両親の物語です。ただし、息子がなぜ帰って来られないかというと、雨が降っているからです。短編の制作を通して「時間」というものと、私自身を見つけられたと思っています。
　ハンモックは私にとって、とても特別な要素を持つものです。行ったり来たり揺れながらも、一つの場所から動かないという要素は、私の国の歴史を反映していると思います」

林
「この作品はパラグアイでどのような反応で受け入れられたのでしょうか」

エンシナ
「生まれたばかりの赤ん坊のように喜びとともに受け止められました。観客を見ていますと、最初の５〜７分にかけては奇妙に感じたのか、そわそわしている様子でしたが、次第に音や言語に引き込まれていきました。そして、席を立つことなく最後まで観てくれました。上映後、「私たちはこの映画に描かれている通りです」と声をかけられたのは素晴らしい瞬間でした」

林
「脚本を楽譜のように書かれたとうかがいましたが」

エンシナ
「４歳から母のすすめでクラシックギターを習い始めたので、文字の読み書きより先に音の読み書きを覚えました。その影響があると思うのですが、脚本を書くにあたって無意識のうちに、時間を音的に捉えているのだと思います。音の抑揚や一語の長さ、音を聴いた後にどれくらい時間をかけて瞳を開くかなど、老夫婦の言動についても音楽的に考えているところがあります。そうした中でレクイエム的な作品が出来上がったのです」

Q
「この作品は小津安二郎作品と関連性があるように思うのですが、ご覧になったことがあるのでしょうか」

エンシナ
「出来る限り多くの小津作品を観ていますし、私の大学での学位論文も小津監督について書きました。彼のことは心の恩師だと思っています」

林
「次回作の構想がありましたら教えて下さい」

エンシナ
「ちょうど脚本の第一稿を書き終えたところです。女の子と男の子の兄弟が独裁政権下に引き裂かれ、年老いてから再会するという物語です。老人になった二人が幼少の夢を語る構成となっており、悲しみ、失ったもの、置き去られたものという内容が詰め込まれています」

林
「またハンモックは出てきますか？」

エンシナ
「いいえ（会場、笑）。ただし、いくつかのことは今回と同じようにやりたいですし、全く別のことにもチャレンジしたいです。その点も私は小津監督から学んでいます。小津監督はアメリカ映画を熟知しながらも、自分の国で自分の視点を常に持ち、カメラの高さや配置を知り尽くしていた監督です。私も同じように自分自身の目線を表現できる映画を撮りたいと思っています」

（取材・文：須田美音）

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04317.JPG"><img alt="DSC04317.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04317-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04319.JPG"><img alt="DSC04319.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04319-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04320.JPG"><img alt="DSC04320.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04320-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>]]>
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    <title>『審査結果』記者発表</title>
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    <published>2006-11-26T04:00:00Z</published>
    <updated>2007-03-23T13:08:37Z</updated>
    
    <summary> 有楽町朝日ホール11階スクエアにキム・ドンホ審査委員長、クリス・フジワラ氏、オ...</summary>
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        <![CDATA[<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04339.JPG"><img alt="DSC04339.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04339-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

有楽町朝日ホール11階スクエアにキム・ドンホ審査委員長、クリス・フジワラ氏、オ・ジョンワン氏、大島ともよ氏、諏訪敦彦氏の審査員全５名が集まり、第７回東京フィルメックス・コンペティションの受賞結果会見が行なわれた。記者たちの注目が集まる中、キム・ドンホ審査委員長より受賞作品が発表された。]]>
        <![CDATA[キム
「最優秀作品賞にはタジキスタンのジャムシェド・ウスモノフ監督の『天国へ行くにはまず死すべし』、そして審査員特別賞＜コダックVISIONアワード＞には、中国のイン・リャン監督の『アザー・ハーフ』が選ばれました。
　今回のコンペティションに選ばれた９本は優劣つけがたいすばらしい作品でしたので、私達は１本１本十分に討論を重ねて審査を行ないました。受賞した監督にはこの場でお祝いの言葉を申し上げ、また今回出品してくれた全ての作品の監督、製作の方々に敬意を表します。また、東京フィルメックスという日本で一番すばらしい映画祭を手掛けている市山尚三プログラム・ディレクター、林 加奈子ディレクターお二人に感謝の言葉を申し上げます」

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04341.JPG"><img alt="DSC04341.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04341-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

発表に続いて『天国へ行くにはまず死すべし』の撮影監督パスカル・ラグリッフル氏と『アザー・ハーフ』のイン・リャン監督が笑顔で登場し、それぞれ受賞後の挨拶を行った。

ラグリッフル氏は、次回作の脚本執筆のため来日のかなわなかったウスモノフ監督からのメッセージを読み上げた。
「この受賞を大変喜ばしく思っています。東京フィルメックスから賞を頂くのは２度目となりますが、この映画祭から大きな支援をいただき、私にとってまるで家族のような映画祭だと気付きました。審査員のみなさんに御礼を申し上げます。
　この作品はどこの国でもありえるような物語だと考えています。私にとってはタジキスタンやその他の貧しい町におけるイメージを描くのではなく、ある特定の場所にとらわれない、普遍性を獲得することが重要だと考えてきました。今回の賞は次回作にとって力となり、またさらなる欲望を高めてくれる応援の賞だと思っています」（ウスモノフ監督）

続いてイン監督。
「ウスモノフ監督からのメッセージに、私の言いたいことの全てが入っているように思います。私も今回が２度目の受賞になるのですが、やはり東京フィルメックスという映画祭を家族と同じように思っています。審査員の皆さん、私の作品を認めていただき、本当にありがとうございます。私は今回のコンペティション作品をほとんど観ました。すばらしい作品ばかりの中、私の作品を認めて下さったことをとてもうれしく思います。この賞をいただいたからには、今後、私の映画人としての成長を必ずお見せしたいと思います。それが今回出演して頂いたみなさんへの恩返しになると考えています。実は第３作の脚本がすでに完成しておりまして、これから撮っていくつもりです。ありがとうございました」

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04359.JPG"><img alt="DSC04359.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04359-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

次に、記者団からいくつかの質問が挙がった。まずは今回の審査基準について。

フジワラ
「今回の選考基準はオリジナリティとクリエイティビティの二つです。そして審査会議では、各自が映画に求める価値が異なることがわかってきて、議論は非常に面白く刺激的に展開していきました。作品が個人的な視点を持っているかどうか、映画としての構造はどのようなものか、社会の側面を新鮮な手法で提示しているか、知性を感じさせる映画かどうかを巡って議論がなされました」

受賞作品はその全ての要素において抜きんでていたのか、と聞かれると、大島氏が「選ばれた２本の監督は独特のスタイルを獲得しており、次回作を観たいと思わせられた」と答えた。
審査の過程についての質問には、キム審査委員長が答えた。

キム
「まず私達はそれぞれの作品について討論を重ねお互いの意見を交換し、１つ１つの作品の特徴について十分議論した上で、最優秀作品賞を投票で決め、次に審査員特別賞の選考に移りました。最初から全員一致というわけではありませんでしたが、話し合いを重ね、誰もが納得する結果に至りました」

なお、最優秀作品賞には副賞として賞金100万円、審査員特別賞にはコダック株式会社より賞金20万円と100万円相当の生フィルムが贈られる。

（取材・文：若松絵美）

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04344.JPG"><img alt="DSC04344.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04344-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04349.JPG"><img alt="DSC04349.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04349-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04358.JPG"><img alt="DSC04358.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04358-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>]]>
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    <title>スクエア・トークイベント『進化するイラン映画』</title>
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    <published>2006-11-25T08:00:00Z</published>
    <updated>2007-03-23T13:08:37Z</updated>
    
    <summary> 『りんご、もうひとつある？』『半月』『メン・アットワーク』『スクリーム・オブ・...</summary>
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        <![CDATA[<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04301.JPG"><img alt="DSC04301.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04301-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

『りんご、もうひとつある？』『半月』『メン・アットワーク』『スクリーム・オブ・アント』『オフサイド』…第7回東京フィルメックスのラインナップにはイラン映画の秀作が数多く含まれています。バフマン・ゴバディ監督(『半月』)、バイラム・ファズリ監督（『りんご、もうひとつある？』）、マニ・ハギギ監督（『メン・アットワーク』）、アッバス・ガザリさん(映画プロデューサー)らイランの次世代を担う映画人が、有楽町朝日ホール11階スクエアに集結、『進化するイラン映画』をテーマにトークイベントが行われました。]]>
        <![CDATA[市山尚三プログラム・ディレクター(以下、市山)
｢今回の3人の監督はほぼ同い年で。ファズリさんは、ゴバディさんの短編ドキュメンタリー『霧のなかの人生』(※日本未公開)の撮影を担当されていたそうですね。皆さんは、イランの監督の中では若い方です。イランでの映画作りは決して簡単なものではないと思うのですが、普段どのような形態で映画を作っているのでしょうか？｣

バイラム・ファズリ(以下、ファズリ)
「私は今回の映画を作るために、5年間ほかのプロジェクトの撮影をやって、お金を貯めました。国の支援などは一切受けてません。国がサポートしてくれる映画と、私たちが作る映画は少し違うので」

バフマン・ゴバディ（以下、ゴバディ）
｢私も海外からも国からも支援もありません。以前作った短編が賞をとって、お金が入ってくることもありますけど、ほぼ家族に手伝ってもらって制作しています。国の支援は、サポートされている監督のほうにはけっこう行きますね。そして、年間７０〜８０本作られる国内の商業映画は銀行でローンを組めたり、映画財団に機材を貸してもらったりしています｣

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04300.JPG"><img alt="DSC04300.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04300-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

マニ・ハギギ（以下、ハギギ）
｢私の映画をご覧になっていればわかると思うのですが、2人が言っていたようにインディペンデント映画の資本集めはとても難しいです。私が企画を選ぶときは、お金がかからないものを選ぶようにしています。ロケは１つで、関わるスタッフは少なく、を心がけています｣

市山
「さて、ここでガザリさんをご紹介したいと思います。ガザリさんはゴバディ監督の『亀も空を飛ぶ（04）』や『半月』のプロデューサーで、元々作家で、クルド人として初のプロデューサーです」

アッバス・ガザリ
「長年、イラクのクルド人として闘ってきましたが、それは伝えることの自由を得るためです。アートは呼吸と同じ、と私たちは考えているのですが、なかなかそれを伝える術がなかった。そこで、カメラを使って、私たちクルド人の情報や気持ちや文化を、外に向けて紹介することにしました。私たちクルド人は現在4つの国に分かれていますが、文化には国境がないと思っています」

市山
「非常に興味深いお話です。今のところ、クルド映画というとゴバディ監督が代表というような感じですけど、これから色々なものが出てきそうで楽しみです。さて、ここでイランでの映画制作に話を戻します。3監督の作品は、イランではどのように上映されているのでしょうか？『半月』はまだ許可が下りていないと聞きました」

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04304.JPG"><img alt="DSC04304.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04304-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

ファズリ
「私たちの映画は、海外の映画祭などで賞を頂き、大変誇りに思っております。扱っているテーマに問題があるので、いくつかのシーンを削れば国内でも上映できるのかもしれませんが、一生懸命撮った作品を削りたくないので、いつも検閲課とけんかしています。今のイランの現状では、私たちの映画の上映は難しいですが、まず自分の国の人に見てもらいたいと考えているので、公開できるようにがんばりたいと思います」

ゴバディ
「『酔っ払った馬の時間（00）』も『亀も空を飛ぶ』も１つの小屋(映画館)しか与えてもらえず、お客さんが入ってるにも関わらず、大きな戦争映画に差し替えられてしまったこともあります。私の映画がなかなか国内で公開させてもらえない理由を教えてはもらえないのですが、おそらく私がクルド人だからではないか、と考えています。『半月』も10分くらい切らなきゃいけないかもしれません」

ハギギ
「私は検閲のことや制作の大変さを、あまり話したくありません。もちろん、検閲に反対の心は持っています。しかし、私たちは大変な状況の中で映画を作るからこそ、そこからエネルギーが生まれるんじゃないかなと思います。敵と闘うには、まず自分の心が強くないといけませんから。ですから、これからも自分の映画が公開されるように頑張っていきたいです」

ゴバディ
「私もマニと同じように闘っています。私は、まず自分の映画の感覚を国民に見てもらいたいし、クルド人の状況をイラン国民に知ってもらいたい。クルドもイランの1つの州だということを忘れないでほしいのです。だから、これからも声を上げ続けていきたいと思っています」

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04303.JPG"><img alt="DSC04303.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04303-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

ハギギ
「バフマンはイランのサムライです(笑)」

ファズリ
「公開のためには当然宣伝が必要ですが、私たちの作品は、商業映画と違って、テレビが予告編を流してくれません。こういう映画があると知ってもらうこと自体が難しい状況です」

市山
「それでは、ここで質問を受け付けます」

Q
「もしも国策映画のようなものを作ってくれと言われたら、どうしますか？」

ハギギ
「私たちは他の職業を持った人と変わりません。企画がおもしろければ撮りたいと思います」

ゴバディ
「国内でも国外でも、自分が信じられるものなら作りますが、自分が信じていないものは作りたくありません」

ファズリ
「私は撮影監督ですから、これからまた５〜１０年働いてお金を貯めていけば、国の企画ではなく、自分の作りたい映画が作れるのではないかと思っています」

会場には多くのイラン映画ファンが集まり、立ち見が出るほどの盛況ぶりでした。イランでの映画制作の現状、4人の映画制作に対する熱い思いを存分に知ることができたトークイベントでした。これからも進化していくであろう、次世代イラン映画から目がはなせません。

(取材・文　今坂千尋)

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04305.JPG"><img alt="DSC04305.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04305-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04309.JPG"><img alt="DSC04309.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04309-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04311.JPG"><img alt="DSC04311.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04311-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04312.JPG"><img alt="DSC04312.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04312-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>]]>
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    <title>『半月』Q&amp;A</title>
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    <published>2006-11-25T07:00:00Z</published>
    <updated>2007-03-23T13:08:37Z</updated>
    
    <summary> 前作『亀も空を飛ぶ』で第５回東京フィルメックス審査員特別賞とアニエスベー観客賞...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/">
        <![CDATA[<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04293.JPG"><img alt="DSC04293.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04293-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

前作『亀も空を飛ぶ』で第５回東京フィルメックス審査員特別賞とアニエスベー観客賞を受賞したバフマン・ゴバディ監督の新作『半月』は、イラクでのコンサートを目指すクルド人ミュージシャンたちを描いたロードムービー。今年９月にスペインで開かれたサンセバスチャン映画祭ではグランプリなど３つの賞を受賞している。おなじみの笑顔で登壇したバフマン・ゴバディ監督は「東京フィルメックスでは皆さんとても親しく受け入れて下さるので、本当に自分の家にいるような気がします」と挨拶した。]]>
        <![CDATA[Ｑ
「映画で使う風景や場所はどうやって選んでいるのでしょうか」

ゴバディ監督（以下、ゴバディ）
「もちろん撮影場所は自分で苦労して探してはいますが、カメラをどこに置いてもすばらしい景色がとれるのではないかと思うくらい、映画の舞台となった地域は美しい場所です。現在、地球上では年間5000本もの映画が作られているので、なるべく特別なものを作らなければならないと思っています。ユニークな映画を撮るため、ロケーションとキャスティングにはこだわっています」

Ｑ
「作品を追うごとにリアリズムから神話的なものへの振り幅が拡大しているように思うのですが、どのような意図があるのでしょうか」

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04290.JPG"><img alt="DSC04290.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04290-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

ゴバディ
「自分の人生に向ける目線は毎年のように変わっていると思います。おっしゃる通り、いま私が見ている人生は神話的な方へ近づいています。『亀も空を飛ぶ』で少しずつリアリズムの世界から、（自分では魔法の世界と呼んでいるのですが）神話・寓話の世界へと近づいたように感じています。というのも、私の生まれ育ったクルディスタンには寓話がたくさん存在しているからです。『半月』で埋葬しようとした死体が動くシーンがありますが、これは実際に父親から聞いた話です。現在のクルディスタンでは、厳しい自然の中で生活しながらも、インターネットで様々な情報を手に入れています。クルド人は常に何かしらの差別を受けながら貧しい生活を送ってきましたが、全世界の人々と同じように情報を手に入れ、先進国と肩を並べたいと思っているんです」

Ｑ
「クルド人には表現者が多い気がしますが、クルドの伝統や文化において、自分の考えを伝えることは日常的に行われているのでしょうか」

ゴバディ
「現在のクルディスタンはとても厳しい状況なので、そこで生活することは一つのアートだと思います。ですから、全てのクルド人がアーティストなんです。クルディスタンはイラン、シリア、トルコ、イラクという４つの国に支配されていますが、映画の舞台となったのは最も貧しい地域で、中央政府からの文化的な援助は何もありません。その中でクルド人が自分たちの文化を高めるためには、自分自身から湧いてくるものに頼るしかないのです。ただし、最近はイラク領のクルディスタンで様々なクルド人が活躍しており、地域を支配している政府が文化的な支援をたくさん行っています。私たちが日本のような映画館を手に入れるのは100年先になるかもしれませんが、少しずつクルディスタン中から画家や音楽家や写真家が集まってきています」

Ｑ
「『半月』に出てくる、女性歌手がたくさん集まっている村は実在するのですか、それとも監督の考えを具体化したものなのでしょうか」

ゴバディ
「実際にイランではソロで女性が歌うことは禁じられています。あの村はイランなのですが、女性歌手はイランでは歌うことができません。カラフルで美しい色の服を着た女性たちを撮りましたが、女性が歌えないという現実に対する私のイメージはもっと暗いものです」

最後にゴバディ監督が『亀も空を飛ぶ』を作る際に助けてもらったという、クルド人プロデューサーのアッバス・ガザリさんを紹介し、会場から盛大な拍手がおくられた。

（取材・文：須田美音）

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04288.JPG"><img alt="DSC04288.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04288-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04292.JPG"><img alt="DSC04292.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04292-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04297.JPG"><img alt="DSC04297.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04297-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>]]>
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    <title>スクエア・トークイベント『中国映画最前線』</title>
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    <published>2006-11-25T05:00:00Z</published>
    <updated>2007-03-23T13:08:37Z</updated>
    
    <summary> 昨年行なったトークショー『中国映画のいま』では３世代の監督によるそれぞれの中国...</summary>
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        <![CDATA[<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04279.JPG"><img alt="DSC04279.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04279-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

昨年行なったトークショー『中国映画のいま』では３世代の監督によるそれぞれの中国映画への考え方を掘り下げた東京フィルメックス。今回のトークショーには、これからの中国映画を担う若い世代の監督に語ってもらうべく、ハン・ジェ監督（『ワイルドサイドを歩け』）と、昨年に引き続き参加のイン・リャン監督を迎えた。]]>
        <![CDATA[両監督とも北京師範大学出身の同年齢ではあるが、入学のタイミングの都合、イン・リャン監督がハン・ジエ監督の先輩にあたる。在学中は互いの存在を知らなかったが、卒業制作にあたって、初めて知り合ったという。

イン･リャン(以下、イン)
「師範大学で所属していたのは、映像方面でオールマイティに活躍できる人材を育成することを目的として設立された学科です。映画理論を学んだり、アメリカで映像を学んだ講師による授業を受けました。卒業生には、ニン・ハオ監督(第４回東京フィルメックス最優秀作品賞を受賞した『香火』監督。他に『モンゴリアン・ピンポン』『Crazy Stone（原題）』)らがいます。

市山プログラム・ディレクター(以下、市山)
「ジャ・ジャンクー監督の世代は、映画監督になるには北京電影学院に入るしかなかったそうですが、現在は監督育成の為の教育機関があることが大変興味深いですね」

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04280.JPG"><img alt="DSC04280.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04280-thumb.JPG" align="right"  width="200" height="150" /></a>

イン 
「確かに、現在は恵まれた環境にあるようにも見えます。しかし、専門教育機関が数多く設けられてはいても、講師の人材不足や、学生達の意欲が低いといった問題もでてきたので、さほど楽観的な状況ではありません。私は四川にいますが、四川のような地方では、このような問題は、より深刻です」

市
「何故、師範大学から四川へ行かれたのですか？」

イン
「理由は二つあります。一つは、大都市の映像業界は大変保守的な為、新入りは中々入り込むことが出来ず、入れても、TVの方面になってしまい、映画へのこだわりが強い自分としては妥協できなかったことです。もう一つは、都会で生活してきたので、地方の現状を知り、新しい物との出会いを求めたかったからです」

市山
「イン・リャン監督の作品を拝見しまして、監督の判断は正しかったと思います。では、ハン・ジエ監督の大学卒業後の活動をお聞かせ下さい」

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04283.JPG"><img alt="DSC04283.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04283-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

ハン・ジェ(以下、ハン)
「卒業後、ジャ･ジャンクー監督の『プラットホーム』を見て、ジャ監督と知り合う機会があり、助監督としての仕事を始めました。ある時、私の短編を見たジャ監督から、映画監督になることを薦められ、更に資金的援助を頂きました。彼のお陰で、映画の世界をより深く知る事ができました。映画監督を目指すために、映画制作の現場で学ぶことのできた助監督としての経験は、大変意義のあることだと思います。ちなみに、きっかけとなった短編映画は、師範大学1年の時に撮りました」

最後に両監督に対して、観客からの質問が挙がった。
「お二人が映画監督を目指した理由と、そこに到達するまでの苦労話があればお話し下さい」

ハン
「私は子供の頃、絵を描くのが大好きで、将来は画家になりたいと思っていました。ですが10代の頃、映画好きなおばが沢山の映画を観せてくれたことにより、すっかり映画にとり憑かれ、方向転換しました。しかし、家庭の事情で、コンピューターを扱う仕事に就くべく、理系の学校への進学をしました。それで夢は一時頓挫してしまったのですが、チャン・イーモウ監督の『初恋のきた道』を観た後、夜も眠れない程の感銘を受け、どうしても映画の道を諦めきれず、師範大学へ入学することを決め、この世界に辿り着きました」

イン
「少年期の私は勉強嫌いのいたずらっ子でした。その為、将来も大学受験について行けるとは思いもせず、どこかの専門学校に行くものだと考えていました。何しろ、国語以外の教科は全て苦手という状態でしたので。学校を卒業した先の進路は、観光ガイドの道を選んだのですが、どうしても肌に合わず、そんな折、師範大学生徒募集の広告を見て今に至ります。とはいえ、何とか入学は出来たものの、映画映像の基礎がまったくできていなかったので、初めは授業について行くことができず落ちこぼれていました。それに比べて、先に挙げたニン・ハオ監督は優等生でした(笑)。大学では、習作として作品を撮り編集するというカリキュラムがありました。そこで、何本もの映像を撮る間に映画撮影に魅せられていきました。結果、この様に自分の道を確立したことで、まともな職に就けないのではないかと心配していた両親も安心しているようです」

同年齢ということもあってか、イン・リャン、ハン・ジエ両監督とも始終にこやかな表情で語り合った。

市山
「本日はお二人の監督、またイベントにお越し下さった皆様、大変ありがとうございました。皆様には、是非ともこの二人の監督のこれからの活躍を楽しみに応援していただきたいと思います」

市山プログラム・ディレクターの締めくくりの言葉を合図に、観客席から暖かい拍手が起こり、次代の中国映画を支えていく若き映画作家たちによるトークショーが終了した。

（取材・文：野口友紀）

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04278.JPG"><img alt="DSC04278.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04278-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04284.JPG"><img alt="DSC04284.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04284-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04286.JPG"><img alt="DSC04286.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04286-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>]]>
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    <title>アニエスベー Director’s Talk＠MARUNOUCHI CAFE　＜ニュー・クラウンド・ホープ＞関連トーク　第2部</title>
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    <published>2006-11-24T12:00:00Z</published>
    <updated>2007-03-23T13:08:37Z</updated>
    
    <summary> 第7回東京フィルメックスで上映された『半月』（バフマン・ゴバディ）、『オペラジ...</summary>
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        <![CDATA[<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04167.JPG"><img alt="DSC04167.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04167-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

第7回東京フィルメックスで上映された『半月』（バフマン・ゴバディ）、『オペラジャワ』（ガリン・ヌグロホ）、『ハンモック』（パス・エンシナ）、『世紀の光』（アピチャッポン・ウィーラセタクン）、『黒眼圏』（ツァイ・ミンリャン）。実はこれら5作品は、モーツァルト生誕250周年を記念して企画された＜ニュー・クラウンド・ホープ＞というプロジェクトの一環で制作されたものだということをご存知だろうか。今回、MARUNOUCHI CAFEで行われたトークショーでは、5作品のうち、『半月』のバフマン・ゴバディ監督と『ハンモック』のパス・エンシナ監督をお迎えして、＜ニュー・クラウンド・ホープ＞に参加するまでの経緯、モーツァルトとのかかわりなどについて伺った。]]>
        <![CDATA[市山尚三プログラム・ディレクター（以下、市山）
「今回、＜ニュー・クラウンド・ホープ＞プロジェクト作品のうち5作品が東京フィルメックスで上映されます。この＜ニュー・クラウンド・ホープ＞は今まさにウィーンで開催中のモーツァルト生誕250周年を記念した総合芸術祭で、全体の総責任者はピーター・セラーズです。そのうち映画部門担当のプロデューサーはサイモン・フィールドとキース・グリフィスで、世界の7人の監督に映画制作を依頼し、6本の長編映画と1本の短編映画の合計7本の映画がつくられました。それでは、はじめに、どのような経緯でこのプロジェクトに参加することとなったのかをお二人にお聞きしたいと思います」

バフマン・ゴバディ（以下、ゴバディ）
「2004年のトロント映画祭で『亀は空を飛ぶ』が上映され、その直後にサイモン・フィールドから依頼され、OKしました。しかし、どうせ本気じゃないだろうと思いイランに戻ってからも放っておいたのですが、突然、いつ撮影を始めるのですか？と言われ、そのときにはもう、あと1週間でつくらなければならない状況になっていました。1週間という短い時間の中で、これは私の4本目の映画ではない、依頼されてつくるのだからそんなに深く考えなくていい、と自分自身に言い聞かせ、75％はプロデューサーのアイデアを取り入れてつくろうと思いましたが、結果的には短い時間でつくったものでも私の4本目の映画になりました」

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04161.JPG"><img alt="DSC04161.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04161-thumb.JPG" align="right"　width="200" height="150" /></a>

市山
「プロデューサーからの依頼の内容はどのようなものだったのですか」

ゴバディ
「モーツァルトの曲を聴いてからつくってほしいと言われ、とにかく音楽をたくさん聴いてから企画を書きました。でも出来上がった他の人の作品を観たら全然モーツァルトとは関係なくて、自分があのとき英語を理解できなかっただけなのかと思ってちょっとがっかりしたんですけど、モーツァルトを聴きながら映画をつくった1週間は大変有意義な時間でした」

パス・エンシナ（以下、エンシナ）
「私の場合は他の皆さんのようなキャリアを持っていませんので、少し違った経緯でこのプロジェクトに参加することとなりました。私の処女作である『ハンモック』は、元々＜ニュー・クラウンド・ホープ＞に入っていたわけではありません。ロッテルダム映画祭のシネマートにこの作品の企画を持っていったところ、ぜひ＜ニュー・クラウンド・ホープ＞の一員として参加してほしい、と頼まれたのです。そのような経緯ですので、モーツァルトやプロジェクトとの関係は希薄で、プロデューサーの意向もあまり反映されていません」

市山
「このプロジェクトに参加することは映画をつくる上で負担になりましたか」

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04168.JPG"><img alt="DSC04168.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04168-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

エンシナ
「プロジェクトとは引き離して捉えていましたのでプレッシャーや負担はありませんでした。『ハンモック』という映画は、私の念願かなった処女作ですので、映画を完成させることだけに集中しました」

市山
「＜ニュー・クラウンド・ホープ＞は今まさにウィーンで開催中で、お二人もウィーンから東京にやってこられたのですが、ウィーンはどんな状況でしたか」

ゴバディ
「ウィーンにいる間、自分の中では楽しかったのですが、フェスティバル自体はもっと豪華でもよかったのではないでしょうか。少し物足りない気もしました」

エンシナ
「すばらしい経験、思い出となりました。カンヌ映画祭にも参加したのですが、カンヌは格式ばったものだったのに比べ、ウィーンはアットホームな雰囲気でしたのでとても親しみを感じることができました。カンヌでは他の監督と触れ合う機会もなかったのですが、ウィーンでは他の監督とも交流できました」

市山
「ガリン・ヌグロホ監督と入れ替わりでアピチャッポン監督が来日されるのですが、ウィーンでは7人の監督が一堂に会す機会はありましたか」

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04174.JPG"><img alt="DSC04174.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04174-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

エンシナ
「7人全員が一度にそろったかどうかは定かではないのですが、幸運にも私はみなさんに会うことができました」

ゴバディ
「7人が同じテーブルに集まって話す機会がなかったことは、残念でした」

市山
「ゴバディ監督の『半月』はサン・セバスチャン映画祭でグランプリ、批評家賞、撮影賞を受賞されて非常に高く評価されていますね」

ゴバディ
「サン・セバスチャンからまだ2ヶ月しか経っていないのですが、幸い素晴らしい配給がつきました。」

市山
「それではご来場の方の中でご質問があればどうぞ」

Q：「この作品をつくる前はモーツァルトに親しんでいらっしゃったのですか」

ゴバディ
「昔、モーツァルトも含めてクラシックをよく聴いていましたが、今回改めてモーツァルト関連の音楽、本、映画を手にとりました」

エンシナ
「私も非常にクラシックが好きです。特にリストとベートーベンが好きでした。今回はプロジェクトへの参加の仕方が他の方とは違うので、制作の段階でモーツァルトを意識することはありませんでした」

Q：「エンシナさんに質問ですが、パラグアイでは映画がつくられていないなかで、どうして監督になろうと思ったのですか」

エンシナ
「幸運にも私はアルゼンチン留学中に映画の勉強をし、そこで友だちが外国資本で映画をつくっていることを知って、同じことをパラグアイでもすればいいじゃないかと気づきました。しかしパラグアイには映画をつくるラボもスタッフもありませんから、それらを海外から引き寄せてこなくてはなりませんでした」

Q：「パラグアイではスペイン語のアルゼンチン映画よりもハリウッド映画のほうが観られているのでしょうか」

エンシナ
「パラグアイで唯一観られるのはハリウッド映画です。パラグアイという国は非常に特殊な国で他の南米の国々と状況が違っています。いまだにここはどこかの国の植民地なのではないかと思うくらいです」

市山
「『ハンモック』は私がうまれて初めて観たパラグアイ映画なのですが、この作品の前にパラグアイで長編映画がつくられたのはいつごろのことなのでしょうか」

エンシナ
「35mmで撮られたものとしては1978年に『セロ・コラ（コラ坂道）』という、戦争についての映画がありました。しかしこの映画を制作したのは軍部だといっても過言ではありません。小さいころによく観た映画ですが、決して独創的なものとは言えないですね。ここ10年ぐらいビデオで撮られるものは多いですが、35mmに変換しての上映とまではいきません」

Q：「（ゴバディ監督に）一時期日本でイラン映画ブームがありましたが、それはイラン映画界に影響を及ぼしたのでしょうか。」

ゴバディ
「全世界に言えることですが、ハリウッドの影響が強く、インディペンデント映画の配給は難しくなっています。ある時期にはブームが来るかもしれませんが、飽きたら他の国の作品へとブームは移ってしまいます。イラン映画にも新しい血が流れれば、またイランに波がやってくると思います。ですから私も、ハリウッドというモンスターに食われない新しい映画をつくらなければならない、アート映画でも観客が楽しめるアート映画をつくってマーケットを広げなければならないと思っています。中近東で映画をつくるにはファンドも国からの支援もなく非常に厳しい状況ですが、それでも一生懸命映画をつくっていきたいと思います」

（取材・文／三宅里枝）

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04178.JPG"><img alt="DSC04178.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04178-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04179.JPG"><img alt="DSC04179.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04179-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04173.JPG"><img alt="DSC04173.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04173-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>]]>
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    <title>『オペラジャワ』Q&amp;A</title>
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    <published>2006-11-24T12:00:00Z</published>
    <updated>2007-03-23T13:08:37Z</updated>
    
    <summary> インドネシアを代表する映画作家ガリン・ヌグロホの新作は、古代叙事詩『ラーマーヤ...</summary>
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        <![CDATA[<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04212.JPG"><img alt="DSC04212.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04212-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

インドネシアを代表する映画作家ガリン・ヌグロホの新作は、古代叙事詩『ラーマーヤナ』の物語に現代美術を融合させ、国際的なダンサーたちを配した豪華絢爛なガムラン・ミュージカル。ヌグロホ監督は現代の農村における暴力的な紛争を描きながら、ジャワ古典劇の世界をスクリーンに現出してみせた。]]>
        <![CDATA[ガリン・ヌグロホ監督（以下、ヌグロホ）
「出演した芸術家たちは、私が昔からよく知っていた人々です。私は花瓶に花を生けるようにこの作品を作りました。各々の美しさを持った花である彼らひとりひとりの個性を発揮させながら、全体の美を創造しようとしたのです」

Q
「冒頭、東部インドネシアのスンバ島の呪術師が儀式を執り行っているシーンがありましたが、タイトルからして、ジャワ的な要素一色の作品かと想像していたので非常に驚きました。またこの作品はジャワの舞踊などを使いながらも、ジャワでもインドネシアでもない、架空の世界の寓話のように思われました。どのように解釈したらよいでしょうか」

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04210.JPG"><img alt="DSC04210.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04210-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

ヌグロホ
「ひとつの物語があれば、それが語りうるひとつの世界があります。この作品ではジャワの様式を主に用いましたが、決してジャワ的なものを表現しようとしたわけではありません。山の戦いのシーンは、ジャワ島で撮影しましたが、バリ・ロンボクの要素も感じ取れますし、あるいはブラジルのカーニバルのようだとも思われたでしょう。ジャワの文化には、外側の世界を受け入れ、自分のものにするという面があります。他にも例えば、ハヌマン（猿の将軍）の動作にパプワの人々の踊りの要素を取り入れたり、ジャワ島沿岸部に暮らす人々の儀式を登場させたりしています。ですからこの作品世界は、『ジャワが多くの文化にまみえた』とでも言えるイメージから成り立っているのです。
　ご指摘の呪術師は、スンバ島からお呼びして来ていただきました。冒頭でこの祈りの儀式が行なわれるのは、ひとつの物語、ひとつの儀式が始まるのだということを示すためです。また彼が行なうのは死者のための祈りですが、それはこの作品がレクイエムとして、事故や災害で亡くなった人々に捧げられているからです」

Q
「踊り手が実際に歌っているのでしょうか。また、歌はオリジナルの曲なのでしょうか」

ヌグロホ
「主人公スティヨと、敵役のルディロの母を演じた人は自分で歌っていますが、他の主なキャストは吹き替えです。歌は、６割は新しく作曲したものですが、ジャワ音楽に関する古い文献に基づいて作られたものです。太った男性の歌い手が何度も登場しますが、彼は即興で作詞作曲して歌うので同じ歌はもう二度と聞けないんです。彼は美人に会ったら一度に20曲も浮かんでくるんだそうです（笑）」

舞台を後にする監督の「いつも私の作品に関心を持って観ていただいてありがとうございます。次の作品、その次の作品も注目していてください」との言葉に応え、客席からは大きな拍手が贈られた。

（取材・文：花房佳代）

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04202.JPG"><img alt="DSC04202.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04202-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04206.JPG"><img alt="DSC04206.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04206-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04207.JPG"><img alt="DSC04207.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04207-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>]]>
    </content>
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    <title>『メン・アット・ワーク』Q&amp;A</title>
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    <published>2006-11-24T09:00:00Z</published>
    <updated>2007-03-23T13:08:37Z</updated>
    
    <summary> 上映後、マニ・ハギギ監督が登場し｢映画と共に日本に来られて嬉しい｣と挨拶。今作...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/">
        <![CDATA[<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04128.JPG"><img alt="DSC04128.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04128-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

上映後、マニ・ハギギ監督が登場し｢映画と共に日本に来られて嬉しい｣と挨拶。今作品はアッバス・キアロスタミ監督の原案に基づいて映画化したもの。観客からは映画の設定や俳優の使い方への質問が寄せられました。]]>
        <![CDATA[市山尚三プログラム・ディレクター（以下、市山）
｢この映画を作るきっかけはどのようなものだったのでしょうか？｣

マニ・ハギギ監督（以下、ハギギ）
「私はキアロスタミ監督や彼の息子さんと仲が良いのですが、最初に息子さんからこの作品の原案を聞き、そのロケーション設定にも魅かれ、これを映画化したいと思いました。それでキアロスタミ監督と一年間交渉し、この企画をいただくことになりました」　

市山
｢そのロケーションというのはどの辺りですか？｣

ハギギ
「テヘラン北にある山の西側に聖地がありまして、よく人々がお参りに行きます。映画の中では静かな場所に見えますが、いつも参拝者の車で混んでおり、車を停めて撮影しなくてはならず、大変でした」

Q
「キアロスタミ監督の映画の中にはドライブというシチュエーションが多く見られますが、今回もドライブという設定にしたのは何故でしょうか？」

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04125.JPG"><img alt="DSC04125.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04125-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

ハギギ
「キアロスタミ監督はとても車が好きですが、その理由は聞いていません。私も車は好きですが、映画では車の窓ガラスとフロントガラスは場面を捉える一つの小さなフレームになり得ます。またそれをフィルムという大きなフレームから捉えると、フレームの中にもう一つの小さなフレームが出来るのです」

Q
「この作品はイランの有名な俳優さんと素人の方が共演されているそうですが、どの人が俳優でどの人がアマチュアだったのか分からない位、自然でした。どの人がプロで、どの人が素人だったのか、教えて下さい。」

ハギギ
「私はこれまでに２本の映画を作っていますが、2本ともプロの俳優と素人を起用しています。
今回は主人公である登場人物４人の内３人が素人で、一人夜まで岩を掘っていた人物が有名なプロの俳優です。最初に車で登場する女性２人と、後から登場して岩を押す二枚目もイランでは有名なスターで、その他の人々は素人です。こうしたキャスティングにしたのには理由がありまして、素人とプロが向かい合う時、面白い事が起こります。素人はプロの俳優まで演技のレベルを上げようとし、プロは素人の自然な演技に挑戦しようとします。そのプロと素人のぶつかり合いが魅力的なのです。
また、現実的には低予算と撮影期間の短さ(18日間)という制約があり、スケジュールの都合などでプロの俳優を集める事が難しく、素人を使って撮らなくてはなりませんでした。ですから余り映画を知らない人だと困るので、映画の身近なところにいて映画の仕事に慣れている素人を起用しました。
モンセン役は『風が吹くまま』『オフサイド』等の撮影監督であるマハムード・カラリ氏、最初に車を運転していた人物はテレビや映画のプロデューサー、そしてもう一人は有名な映画批評家です。この３人なら短期間での撮影の大変さも知っており、上手く仕事が出来るだろうと思いました」

（取材・文：和賀一美）

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04120.JPG"><img alt="DSC04120.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04120-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04124.JPG"><img alt="DSC04124.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04124-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04130.JPG"><img alt="DSC04130.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04130-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>]]>
    </content>
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    <title>『相棒?シティ･オブ･バイオレンス―』Q&amp;A</title>
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    <published>2006-11-23T13:00:00Z</published>
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    <summary> 上映後、映画の興奮が冷めやらぬ中、舞台上にリュ･スンワン監督が登場し、客席に集...</summary>
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        <![CDATA[<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04109.JPG"><img alt="DSC04109.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04109-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

上映後、映画の興奮が冷めやらぬ中、舞台上にリュ･スンワン監督が登場し、客席に集まった多くのお客様とのQ&Aが行われました。スンワン監督は「第１回東京フィルメックスでも上映していただいた『ダイ･バッド　死ぬか、もしくは悪（ワル）になるか（00）』のときは、平日でお客様も少なかったのですが、今日はたくさん来ていただいて、6年前のことは忘れました（笑）ありがとうございます」と挨拶。]]>
        <![CDATA[Q：素晴らしいアクションでした。監督はどこかでアクションを練習されたんですか？
――僕は幼い頃、クンフースターになりたいと思って道場で練習していましたが、誰もスターになれと言ってくれる人が現れなかったので、自分で撮ることにしました。

Q：監督の映画は、女性が主人公のものがあまりないと思うのですが、どうしてですか？
また、メロドラマなどを作る予定はありますか？
――僕の2作目（『血も涙もない（02）』）は2人の女性が主人公です。僕は女性がアクセサリー的に出てくるのは嫌いなので、そういう意味で、描くなら能動的なキャラクターにしたいと思っています。
　僕もいつか殺人事件のおきない映画を撮りたいと思っています。床が血でべとべとになるのにはウンザリです（笑）でも作るとしても、型にはまったものにはしたくないですし、大分先になると思います。

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04102.JPG"><img alt="DSC04102.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04102-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

Q：『キル・ビル』を思い起こさせるシーンがありました。どのようなところに独自性を持たせましたか？
――それはよく言われるんですけど、同じ内容を描いた聖書とコーランの違いのようなものではないでしょうか。でも2つの大きな違いは、『キル・ビル』が個人的恨みから暴力に向かっているのに対して、『シティ･オブ〜』は資本主義社会の悪から暴力に向かっています。60年代香港のショウ・ブラザーズのような映画です。

Q：ラストシーンの4人の敵とのアクションシーンが見事でした。苦労したことはありましたか？
――このシーンは、本当に撮影の最後の最後に撮ったので、アイデアが尽きてどうしようかと思いました。最初のほうで技を小出しにしてれば良かったと…（笑）俳優にも新しい技を何か見せてくれとお願いしたり。それでも限界になったので、助監督と相談して「結局アクションとは感情だ」という結論に達しました。クローズアップを多用しているうちに、登場人物が死んでいってくれました。

会場に何度も笑いが起き、Q&Aは和やかなムードで終了しました。どんな質問に答えるにもユーモアを交えることを忘れないリュ･スンワン監督の姿が印象的でした。
（『相棒−シティ･オブ･バイオレンス』は2007年3月からシネマート六本木で公開予定）

（取材・文　今坂千尋）

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    <title>『相棒?シティ･オブ･バイオレンス―』舞台挨拶</title>
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    <published>2006-11-23T11:00:00Z</published>
    <updated>2007-03-23T13:08:37Z</updated>
    
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        <![CDATA[<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04092.JPG"><img alt="DSC04092.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04092-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

冷たい雨が降りしきる中駆けつけたたくさんのファンを前に、『相棒?シティ･オブ･バイオレンス―』リュ･スンワン監督の舞台挨拶が行われました。ポスターの題字を指を切って血で書いた（！？）”ロマンポルシェ”の掟ポルシェさんが応援にかけつけ、司会のまあくまさこさん（以下：MC）と共に会場を大いに盛り上げました。]]>
        <![CDATA[リュ「こんにちは。今日は私の映画を見るために足を運んでくださり、ありがとうございます。今回は3回目の来日になるのですが、来る度に日本が好きになっています。キムチがなくてもラーメンが食べられるほどになりました（笑）」

MC「監督は今回、監督・脚本・製作・出演の4役をこなしていますが、苦労はありましたか？」

リュ「バカなことをやって…という周りの冷たい視線がつらかったですが、負けずに作りました。今まで作ってきた映画の中で、一番テンポも速く、力強い映画に仕上がっています」

MC「撮影中に怪我をしたと聞きましたが…」

リュ「はい、ひざを怪我したまま撮影しました。今もまだ少し痛みます」

掟「肩貸しましょうか？」

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リュ「（笑）ポルシェさんは、これからいっぱい題字を書いていただかなきゃいけないので、美味しいものをたくさん食べて、血の巡りをよくしておいてください」

掟「手足で足りなかったら腹切ります（笑）」

MC「それでは、最後に2人から一言！」

リュ「この映画が皆さんに強烈な印象を残してくれればと思います」

掟「黙って見ろ！！」

リュ監督、掟さん、まさこさん3人の見事な掛け合いで、終始笑いの絶えない舞台挨拶に。『相棒?シティ･オブ･バイオレンス―』は2007年3月からシネマート六本木で公開予定です。この機会に映像美とアクションの融合をぜひご堪能ください。

（取材・文　今坂千尋）

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04070.JPG"><img alt="DSC04070.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04070-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04088.JPG"><img alt="DSC04088.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04088-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04083.JPG"><img alt="DSC04083.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04083-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>  <a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04100.JPG"><img alt="DSC04100.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04100-thumb.JPG" width="100" height="75" /></a>]]>
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    <title>スクエア・トークイベント『プサン映画祭と韓国映画の躍進』</title>
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    <published>2006-11-23T10:00:00Z</published>
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        <![CDATA[<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04054.JPG"><img alt="DSC04054.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04054-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

有楽町朝日ホール11階スクエアにて、今回の審査委員長でプサン国際映画祭のディレクターであるキム・ドンホ氏、同じく審査員で『ユア・マイ・サンシャイン』など数々の作品を手がけるプロデューサーのオ・ジョンワン氏、特別招待作品『相棒?シティ･オブ･バイオレンス―』のリュ・スンワン監督を迎えてプサン映画祭と韓国映画について語るトークイベントが開催された。会場は立ち見が出るほどの盛況となり、日本での韓国映画のいまだ衰えぬ人気と関心の高さを伺わせた。]]>
        <![CDATA[市山
「まず最初にキム・ドンホさんにお話を伺いたいと思いますが、プサン映画祭はどのような形で始まったのでしょうか」

キム・ドンホ氏（以下、キム）
「プサン映画祭は1996年に、小規模でも良質な映画祭を作ろうということでスタートしました。
　その後、プサン映画祭が11年間という短い間でアジアを代表する映画祭として世界から注目されるようになった理由は4つ挙げられると思います。
　まず1つ目は、韓国で初めての国際映画祭だったこと。ハリウッド映画しか観られなかった中で、ヨーロッパやアジア、特に日本の作品など映画祭でしか観られない作品が集まるということで、本当に多くの若い映画ファンあるいはプサン市民が集まり、成功した形で出発することができました。
　そして2つ目は、私達が掲げた映画祭としての戦略や目標、プログラムの内容がとてもよかったこと。当時は東京国際映画祭と香港映画祭がアジアでトップクラスの映画祭でしたが、この二つとは何らかの形で差別化することが必要でした。それで、アジアの新人監督、新作を発掘して、世に知らせようという目標を掲げ、コンペティション部門なしにスタートしました。第3回目からは、アジアの映画制作者と、世界中から集まる出資者との出会いの場として、ＰＰＰ（プサンプロモーションプラン）という部門を設けました。昨年からはアジアフィルムアカデミーを設け、映画教育の場も作りました。そして、今年からはそこで作られた作品の売買ができるアジアフィルムマーケットを設けました。
　3つ目は、政府の干渉を受けず、独自に運営することができたという点です。委員長である私の他に、副委員長と4人のプログラマーという6人体制で、自立的に運営しています。
　4つ目は、政府、プサン市、プサン市民、そして何よりも韓国の映画人が全面的に支援してくれ、自分達の映画祭であるかのように一生懸命かかわってくれるということです」

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04047.JPG"><img alt="DSC04047.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04047-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

市山
「オ・ジョンワンさんに、映画プロデューサーという立場からのプサン映画祭への関わりを聞きたいと思います」

オ・ジョンワン氏（以下、オ）
「私が最初に参加した時に非常に記憶に残っているのは、やはり観客の姿です。第１回目であるにもかかわらず、本当に情熱を持って映画祭に来ていました。「自分はこういう人たちに見せる映画を作っているのだ」ということを改めて感じて、誇りを持ったと同時に責任を感じました。
私は第1回目に出品された『銀杏のベッド』を最後に会社から独立して、新しい会社を作って『情事』という映画の製作に携わりました。それ以降、果たして成功できるのかどうかと思われるような作品を手がけるようになりましたが、その理由のひとつはプサン映画祭にあったような気がします。プサン映画祭は、映画には多様性が必要であるということを教えてくれ、情熱を持った観客に見せるために、映画祭に参加できるような作品を作ろうという意欲を持たせてくれました。私は最初から参加しているので、この映画祭が続く間ずっと、プロデューサーとして映画を撮り続けていたいと思っています」

市山
「リュ・スンワン監督の『ダイ・バッド　死ぬか、もしくは悪（ワル）になるか』は第1回東京フィルメックスでも上映した作品ですが、プサン映画祭でも大変評価された作品だと聞いています。リュ監督にとってのプサン映画祭についてお話しください」

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04059.JPG"><img alt="DSC04059.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04059-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

リュ・スンワン監督（以下リュ）
「当時私は助手として、今や世界的な監督であるパク・チャヌク監督の『三人組』という映画の現場で働いていました。当時は、キム・ジウン監督（『甘い人生』）やポン・ジュノ監督（『殺人の追憶』『グエムル　漢江の怪物』）もまだ映画を撮っていない頃でした。ですから、私はプサン映画祭が出来るという知らせを聞いた時、非常にうれしく思った反面、まだ韓国映画界は不安な状況だったので、この映画祭がいつまで続くのかと心配でした。
　最初私は純粋に観客として参加したのですが、その時に映画祭の熱気というものを目の当たりにし、また出品されている映画の水準も非常に高かったので、こういう状況だったら自分がデビューするまでこの映画祭は続くだろうと思いました。
　実は、私は長編デビュー前に撮った2本の短編映画をプサン映画祭に出したかったのですが、選ばれませんでした。ですから、最初は私にとってのプサン映画祭は復讐の対象でした（場内、笑）。プサン映画祭には優秀な韓国の監督たちの作品を映画祭から輸出していただいて、僕とあと数人の監督だけ韓国映画界に残ればいいと思います（場内、笑）」

続いて観客から次のような質問が挙がった。
Ｑ
「今後の更なる発展のためにキム・ドンホさんの考えるプサン映画祭の今後の課題、他のお二人には韓国映画界の課題について教えていただければと思います」

<a href="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04053.JPG"><img alt="DSC04053.JPG" src="http://filmex.net/mt/dailynews_2006/DSC04053-thumb.JPG" align="right" width="200" height="150" /></a>

キム
「プサン映画祭は昨年で10周年を迎え、今年は更なる10年を目指す上での1年目なので、3つの長期のプロジェクトを考えました。先ほども触れましたが、アジアでもマーケットを設立し、アジア映画を買うためにはこの映画祭に来なければならないという状況を作っていきたいと思います。
　もうひとつ、プサンからアジアを代表する監督が生まれて欲しいという願いを元に、映画作りを目指す5人を厳選し、映画教育を施しています。彼らがこれからのアジア映画をリードする存在になるよう、この教育プロジェクトを発展させたいと思っています。またプサンの大学など教育機関を中心にファンドを募り、アジアでドキュメンタリーを作っている人たちに制作費の支援をしたり、ネットワークを作ったりということにも着手しています。
　これらを通じてアジアの映画産業を支え、アジアがともに映画の面で交流できるようにしたいと思います」

リュ
「韓国映画がここまで発展した要因のひとつはプサン映画祭ですが、もうひとつは韓国映画を保護するスクリーンクォーターという制度です。この制度が奪われてしまいましたので、回復できるように私達は奮闘しています。
　また韓国では、インターネットの違法ダウンロードで映画を見るのが慣例となっており、映画における第二市場と言われるＤＶＤやＶＨＳが全く今普及していない状況です。同時に数本の大きな映画だけがスクリーンを独占してしまう問題も非常に深刻だと思います。
　最後に、実は韓流というのは虚像だと思います。映画の本質を見ずにスターだけを見ているという現象がなくなって欲しい。作られたスターの笑顔を見るのではなく、映画の中にこめられた精神世界や価値観を見ていただいて、それが自分と一致した時に私達は本当の友達になれるのではないかと思います。そういった意味でも、みなさん『相棒―シティ・オブ・バイオレンス―』を見てください（笑）」

オ
「今の韓国映画界は産業化されすぎているのではないかと思います。昔の韓国映画界の中心が映画人だとしたら、今の中心はお金や資本です。小さなハリウッドになってきているような気がしてなりません。韓国映画界がこれからも生き残っていくためには、たくさんの問題が山積みになっています。個人的に何が出来るのかということを考えながら、これらの問題を解決していかなければと思います」

（取材・文：若松絵美）

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